読み物

あんしんステージ法務・福祉事務所 代表 塩原 匡浩実母の「遺言書」が結び直した家族の絆

実母の「遺言書」が結び直した家族の絆

 私ごとになりますが、先日母が他界しました。享年82でした。
 持病のあった母の体調が悪化したのは、季節が秋から冬へと変わった頃でした。コロナ禍中ということもあり、たとえこれ以上病状が悪化しても、病院に入院せず自宅で最期を迎えることを母は望んでいました。家族として最初は在宅での対応に不安も感じましたが、その希望を叶えるべく兄弟たちが力を合わせて協力し、手探りの中で自宅にて母を看取る準備を始めました。普段ソーシャルワーカーとして成年後見人をしている私ですが、自分の母のこととなると動揺して何から手を付けて良いかわからず頭が真っ白になりました。しかし仲間達からの協力やアドバイスを得ながら、地域包括支援センターのケアマネージャーを軸に、様々な関係者と連携し合って、自宅での医療サービスを受ける体制をなんとか整えることが出来ました。中でも在宅医療支援診療所の訪問医師・訪問看護師の方々はとても献身的で、病状変化に即時対応するプロフェッショナルな姿勢を見るにつけ、ただただ頭が下がるばかりでした。年の瀬を肌で感じるようになってきた頃、母は自ら望んだ自宅で眠るように息を引き取りました。母を自宅で看取るという経験を通じて、改めて在宅医療サービスの進歩と充実ぶりを目の当たりにし、社会インフラを自分ごととして体験することができました。
 闘病中すでに母は死を覚悟していたのでしょう。病床から私のことを呼び、「自筆証書遺言書をおまえたち3人の兄弟とその家族達に遺しているからね」と伝えてきました。その「遺言書」前半の「本文」に、3人の兄弟への財産分与が遺留分を侵害することなく書かれており、そして後半には自らの想いを込めた「付言」が綴られていました。その「遺言書」を見た我々兄弟たちは誰も異議を唱えることなく、母の最期の意思を叶えようとその「遺言書」の内容に沿って一致団結し、母の望んだ自宅での過ごし方や、葬儀そして相続手続きへと着手することが出来ました。その「遺言書」の特筆すべき点は、何と言ってもその「付言」内容の見事さでした。母が他界し喪主となった私は、告別式では弔辞としてその「付言」を読み上げさせて頂こうと心に決めました。その「付言」の内容は遺言をしたためる時の心境から始まり、幼少期から学生時代、社会人となり結婚した時の気持ちや母になってからの想いや、家族たちへのメッセージと感謝の言葉であふれていました。流れる様に美しい文章には、自らの人生のその時々の出来事が丁寧でやさしい言葉で織り込まれ、まるで母の人生を目の前のスクリーンで見ているかのようでした。私は読み上げる途中で感情が込み上げて来て、何度も涙で文字が見えなくなり声が途切れ途切れながら、ようやく最後の言葉を読み上げました。それを聞いていた親族たちは、きっと母の人生に自分の人生を重ねていたのでしょう。感情移入してすすり泣く声があちこちから聞こえてきました。今回の母の遺してくれた「遺言書」により、普段別々の場所で生活拠点を持ち、あまり人生を交差させることがなくなっていた兄弟たちが、母の「遺言」に手繰り寄せられて結束を強め、母の最期の希望を叶えようと動く。昔の子供の頃の気持ちと、強い絆が今も存在していたことを思い出させてくれたのでした。「ああこの人の子供で良かったな」と心から母に感謝した瞬間でした。そしてまさにこれこそが「遺言書」の持つ効用のひとつではないかと、再認識させられた出来ごとだったのです。
 そんな母が「遺言書」を自分ごととして捉え、白い紙にペンを走らせて書くきっかけになったのは、日本財団の「遺言の日」であったようです。晩年になって絵手紙と川柳や俳句が好きであった母が、ふとした創作の過程で日本財団のゆいごん川柳イベントを知ったのだと思います。そしてその取り組みの中から自然と少しづつ「遺言書」は決して難しいものではない。むしろ自らの権利であり取り組むべき価値のある道具(ツール)である、さらに自分の人生や大切な人への想いを綴るメッセージシートであるというように考え方が変化し、「遺言書」への心理的ハードルが下がっていったのだと思います。
この日本財団が主催する「遺言の日」について少し見てみましょう。
「遺言の日」は遺贈寄付サポートセンター設立の2016年に、次の2点を目的として制定されました。
1.遺言の大事さ(必要性)を、社会に対して周知する
2.お正月に家族親族が集まり、遺言について考えてもらうきっかけ作りそして、毎年キャンペーンで継続的に1月5日は「遺言の日」の周知を行い、ゆいごん川柳の募集でとかく暗いイメージを持たれがちな「遺言」を明るく前向きに捉えられるようにと願って実施されています。
※遺言の日URL:https://xn--u9jv32nhwwqof.jp/

(本文挿入)遺言の日笹川会長.png
 

 日本財団笹川陽平会長の言葉が「遺言の日」への想いを端的に表現しています。「日本人は長い間、死について語ることをタブーと思ってきましたが、死のことを考えることは生きることを考えることと表裏一体ではないでしょうか。家族が集まる習慣のある正月に、家族で遺言について話をしてもらいたいと思い、1月5日を遺言の日として登録しました」
(日本財団ブログ「みんながみんなを支える社会」より引用)
https://blog.canpan.info/nfkouhou/archive/849
 「遺言の日」は、1月5日と「いごん」をかけて表現しているのですね。「遺言」はひろく一般的な遺言の意味での「ゆいごん」という読み方の他に、せまく法律的な遺言の意味で「いごん」とも読むのです。
この「遺言の日」は、とても社会的意義のある良い取り組みであると私も思います。それは「日本に遺言の習慣を根づかせたい」という私の想いと共通点があるからです。私は「遺言を書くことは生きること」であると、よく講演会や遺言作成希望者の方々に話させて頂いています。それは「遺言書」は死ぬために書くのではなく、生きている今のあなたにこそ必要であると考えているからです。「遺言の日」の意味を自分なりに解釈すると、清々しく心あらたまる新年にこそ自らの人生の棚卸しを行って、より充実した一年を過ごしてゆこうということだと思います。いままでこの「読み物」を通じて、「遺言書」の効用やそのメリット・デメリット、「自筆証書遺言書保管制度」という新制度の動向、石原裕次郎や梅宮辰夫をはじめとした著名人がどのように「遺言書」と向き合ってきたのか等をお伝えしてきました。そして「遺言書とは、自らの意思の分身である」と考える私は、母のように「遺言書」をしたため、自らのためそして大切な家族のために遺しておきたいと思うのです。あなたも「遺言の日」をきっかけに、自らの人生の棚卸しとしての「遺言書」をしたためてみては如何でしょうか。

日本財団が提唱する、遺贈という名の選択

 日本財団では、広く社会に向けて遺言の大切さを周知したいと考え、1月5日を「遺言(ゆいごん)の日」として定めて、毎年「ゆいごん大賞『ゆいごん川柳』」を募集しています。2020年度は「ありがとうの気持ち」をテーマとして募集しました(2021年1月5日にゆいごん大賞、入賞、佳作を発表)。親への思い、子への愛、お嫁さんへの感謝など、家族への愛があふれる作品が多数寄せられ、改めて「遺言書は大切な人に贈る未来への手紙」だと気づかされました。
 日本財団遺贈寄付サポートセンターは、遺言書で財産を未来の社会貢献のために使いたいと考える方のご相談をお受けしています。ホームページからお気軽にお問い合わせください。

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