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日本経済新聞 編集委員 兼 マネー・エディター 山本由里 「ゼロで死ぬ」ための選択 遺贈寄付」

「ゼロで死ぬ」ための選択 遺贈寄付」

「ゼロで死ぬ」。

 急にそんなこと言われても……と、ドキッとするタイトルの本、ご存じですか? 億万長者でもある米国のファンドマネージャーが「DIE WITH ZERO」つまり、死ぬまでに資産を使い切ってしまおう、と呼びかける内容で米国だけでなく日本でもベストセラーになりました。

 人生とは経験の合計。だから人生で最も大事なのは思い出づくりです。思い出をつくるために時間とお金という、ともに限りある資源をいつ何に投じるかの配分こそが人生を決定するので、死ぬときに1億円残ったとすればそれは「1億円分の経験をするチャンスを逃したに等しい」――。こう筆者は説きます。

 現実は逆です。人生100年時代、寿命より前に資産が尽きてしまう「長生きリスク」におびえ過度の蓄財に走りがち。筆者が示すデータによると、米国の家計で純資産の中央値が最も高いのは75歳以上の26万4800ドル。退職者の3分の1が退職後に資産を取り崩すどころか増やしており、安定収入のある年金受給者が退職後18年間で使った資産はわずか4%だといいます。

 日本も似たりよったりです。家計の金融資産の保有額を年代別に中央値で比較すると、60代(1400万円)、70代(1500万円)が50代(800万円)の2倍近くと突出した水準(金融広報中央委員会調べ)。死ぬときに最もお金を持っている状態です。「ゼロで死ぬ」の筆者であれば「その分ムダ働きをしたと思え」と一喝するのでしょうが、物価高や医療に介護……老いる先の心配を考えると、ため込みもむべなるかな。

そこで遺贈です。

 このサイトをご覧の方には釈迦に説法ですが、財産を遺言によって相続人以外の人・団体に残す「遺贈」。法定相続が流れで物事が決まる受動的なものだとすると、遺贈には能動的なニュアンスが感じられます。自分の意志で自分の希望するお金の使い方を託す。遺贈を活用すれば、なにも物理的に資産を使い果たさなくても「ゼロで死ぬ」と同じ状態になるのではないか――。本を読んだときにひらめきました。

 お金が残っても、無駄になったと思うことなく誰かの役に立つことを確信してあの世に旅立つのは、人生最後の究極の思い出づくり。そして思った以上に長生きしたり、コストが掛かったりすると遺贈に回る額の方で調整可能なので「あげちゃったらお金が尽きちゃうかも」と心配する必要もありません。

 もちろん「子にできるだけ多く残したい」という通常の相続で主流の考えも理解できます。でもそれなら、残り、ではなく気力も体力も充実しているうちに能動的に渡すことを考えた方がいいのではないでしょうか? 95歳の親から70歳の子に渡るのと、55歳の親から30歳の子に渡るのとでは、同じ額のお金から引き出せるパワーは大きく異なります。前述の筆者も言っています――「お金の価値は加齢とともに低下する」。このコラム執筆の機会をいただいたのを幸い、自分でも具体的に手続きを始めてみようかと思う今日このごろです。

日本財団が提唱する、遺贈という名の選択

老後の安心を見据えながら、誰かの役に立つことを確信した究極の思い出づくりについて考えてみませんか?
日本財団遺贈寄付サポートセンターでは、ご自身の大切な財産を遺言書で社会貢献のために使いたいというお考えの方のご相談をお受けしております。お気軽にご相談ください。

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