読み物
終活あんしんステージ法務・福祉事務所 代表 塩原 匡浩紀州ドン・ファン遺言書の行方を考察する
紀州のドン・ファンこと野崎幸助氏(享年77)の一連の事件を覚えている方も多いことでしょう。事件当時はかなりマスコミを賑わせましたので記憶に新しいところですが、「その後どうなったのだろう?」と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。その事件が最近新たな動きを見せているようです。事件性に関する捜査等については警察関係者にお任せするしかありませんので、この「読み物」では事件の真偽予測等には言及せず、あくまでも「遺言書」に対する考察を深めてみようと思います。
事件が起きたのはいまから約2年半前の、2018年5月のことでした。今回話題になっているのは、「紀州のドン・ファンの遺言書 筆跡鑑定したらニセモノだった」という内容です。以下一部引用します。
紀州のドン・ファンこと資産家・野﨑幸助氏の遺言書を巡る裁判で、重要な新証拠が提出された。遺言書の「筆跡鑑定書」だ。ドン・ファンが和歌山県田辺市内の自宅で怪死したのは、18年5月のこと。遺言書が明らかになったのは、その3ヵ月後だ。長年の友人を名乗る人物がドン・ファンから預かっていたとして、突如、弁護士を通じて裁判所に提出したのである。遺言書の日付は13年2月。内容は〈全財産を田辺市に寄付する〉というものだ。これに対し、ドン・ファンの兄弟ら遺族は「遺言書の無効の確認」を求めて今年4月に提訴。実質的な相手方は遺産の受け入れを表明していた田辺市だ。10月2日に第3回期日が開かれ、そこで遺族側が「筆跡鑑定書」を提出したのである。気になるその結果は、「別人による筆跡である」というもの。つまり、「遺言書はニセモノである」と結論づけているのだ。この鑑定書だけを見れば、ドン・ファンの遺言書はニセモノだったということになる。だが、現段階でそう結論付けるのは早計なようだ。〔略〕
「遺言書の真偽を巡る裁判での争点は、遺言の保管状況や提出された経緯など複数あります。ただ、そのなかでも重要になるのは、本人の筆跡かどうか。だからこそ、同様の裁判では原告被告双方が、それぞれが依頼した鑑定人による『筆跡鑑定書』を提出するケースが多い」(全国紙ベテラン司法担当記者)〔略〕
田辺市議の前田佳世氏が言う。「野﨑氏の遺産相続費用に、市はすでに1億8000万円もの莫大な予算を計上している。それだけに、市民の関心は非常に高い。(田辺市側が)鑑定書を提出するかどうかも含めて、裁判の経緯を市民にきちんと説明すべきです」今後、田辺市が「鑑定書」を提出、その結果が原告側と正反対なんてこともありうるかもしれない。はたして、ドン・ファンの遺言書は本物かニセモノか。注目の裁判は続く。(『FRIDAY』2020年10月23日号より引用)
☆上記以外の情報も含めて、今回のケースを「遺言書」を中心にその経緯を整理する
1.2018年5月24日、和歌山県田辺市の会社経営者 野崎幸助氏(享年77)の遺体が、市内の自宅で発見された。
2.野崎幸助氏は2018年2月に、55歳年下のファッションモデルSさん(22)と婚姻していた。生前に子供はいなかった。遺産は預貯金・有価証券など総額約13億5千万円と言われており、法定相続割合では配偶者が4分の3(75%)、兄弟姉妹(6名と報道)が残りの4分の1(25%)となる。
3.死後「遺言書」の存在は確認されていなかったが、2018年8月の事件発生3箇月後に「遺言書」を長年の友人を名乗る人物が預かっていたとして、弁護士を通じて裁判所に提出された。
4.発見された「遺言書」内容に疑問を持った野崎幸助氏の親族4人が、「遺言書の無効の確認」を求めて2020年4月18日に提訴した。その「遺言書」の形式は、A4の紙に「全財産を田辺市にキフする」と赤字で書かれており、日付は2013年2月8日となっていた。親族ら原告の主張は、①「コピー用紙1枚に赤ペンで手書きされ熟慮の末に作成したとは考えにくい」、②「田辺市に寄付する合理的動機が見当たらない」、③「遺言書が保管、発見されたとされる状況が不自然」という内容となっている。
5.遺贈を受ける田辺市は、2018年に田辺市職員が和歌山家裁田辺支部で遺言書を確認(検認と思われる)し、2019年3月の市議会で2020年度当初予算を可決したと報道されている。その予算の内訳は、遺産を受け取るための弁護士委託料、土地・建物・絵画などの鑑定評価手数料を含めた関連予算計約1億8千万円となっている。不動産の所有権移転の手続きや債務整理を進め、今年度内の手続き終了を目指している。
6.野崎幸助氏は生前にミニチュアダックスフンドの愛犬イブちゃんを溺愛しており、遺産はすべて愛犬に贈ろうと考えていたという報道もあった。そんな愛犬も2018年5月6日に急死したようである。
今後の展開を推測する意味でも、「遺言書」の効力が法廷にて争われた場合の一般的なケースを考えてみましょう。まず無効を主張する遺族側(原告側)から「筆跡が偽物だという鑑定書」が提出されているので、有効を主張する側(田辺市側)から「筆跡は本物であるという別の鑑定書」が提出される可能性が濃厚です。まるで京都の一澤帆布の事業継承騒動をほうふつとさせます。しかし最終的には、「裁判所が選任した中立の鑑定人による鑑定結果」に委ねられることでしょう。したがって現時点では、原告側が証拠として提出した鑑定書だけをもって遺言書の無効が決まるとは言えません。
今回の紀州ドン・ファン「遺言書」の行方を私なりに考察すると、仮に「遺言書」が本物なら全財産が田辺市へと寄付されます。しかし遺留分権利者である配偶者が法定相続人として認められた場合には、全財産の半分(50%)を田辺市から取り戻せるのです。つまり遺産の取り分は田辺市が50%、配偶者である妻が50%となります。ちなみに兄弟姉妹には遺留分はありませんので、財産を相続することはできません。
しかしもし「遺言書」が偽物であったなら、「遺言書」そのものが無効となるので通常通り法定相続が行われます。野崎幸助氏には子供がおらず直系尊属もすでに故人となっているので、配偶者と兄弟姉妹が相続人となります。この場合の遺産の取り分は配偶者である妻が4分の3(75%)、兄弟姉妹が4分の1(25%)となります。つまり野崎幸助氏の兄弟姉妹にとっては、「遺言書」が本物か偽物かによって天と地ほどの差が生じるということなのです。
そして今回の経緯を見るにつけ、長年多くの方々の遺言作成をサポートし、遺言書を研究してきた私にはひとつの疑問が頭をよぎります。
「筆跡鑑定をしたということは、遺されていたのは自筆証書遺言書である。なぜ多くの資産を持ちながら、公正証書遺言を遺さなかったのか?」 という思いです。
一説によると野崎幸助氏は財界人のみならず芸能人とも交流があるほど顔が広く、友人・知人からの相続対策等に関する情報も入っていたと思うのです。また当然顧問弁護士や顧問税理士もいたと思われ、「遺言書」の形式等についても相談できたと想像できます。遺言書をどのタイミングで、どのような形式で遺すかということは、頭の片隅にあったのではないでしょうか。ましてや愛犬への遺産相続を考えていたという報道があるくらいなので、愛犬のことが、「遺言書」に一切書かれていないのも不自然です。
また経営していた会社「アプリコ」の事業は金融部門と不動産業を主な事業としており、貸金業を営んでいた野崎幸助氏は、多数の「公正証書」を作成していたと推測されます。それ故に公正証書遺言の知識もあったであろうと思われるのです。しかし「事実は小説より奇なり」で、今となってはその真相を知る由もありません。
今回の紀州のドン・ファンの事案が、今後どのような進展を見せるのかは予断を許しません。しかし我々遺言者にとって「遺言書」作成時には、揉める可能性のある要素は極力排除しなければならないという教訓なのだと思います。そして我々遺言者が「遺言書」を遺す場合には、自らに合った形式を選択し、遺された相続人に想いを馳せながら、わかりやすく愛のあるものとすべきである。そしてそれこそが、遺言者の責務でもあるのだと再認識させられた出来事でありました。
日本財団が提唱する、遺贈という名の選択
遺言書は、大切な人に贈る未来への手紙です。自分の思いが正しく伝わるようにするためにも、専門家に相談しながら、自分に合った形式で書かれるのがよいでしょう。
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