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老後日本経済新聞マネー報道グループ長 手塚 愛実「リモートワークと介護の不都合な真実」
新型コロナウイルス禍で浸透した「新しい生活様式」の中でも、私たちに働き方の変化をもたらしたのがテレワークです。日本生産性本部(東京・千代田区)が2020年から実施している「働く人の意識に関する調査」の最新版(2022年4月公表)によりますと、「コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか」という問いに「そう思う」と回答した人は34.5%でした。「どちらかといえばそう思う」(37.3%)と合わせると、7割以上の人がテレワークを前向きに捉えていることがわかりました。
そんな中、かつての取材先から気になる話を聞きました。NPO法人となりのかいご代表理事の川内潤さんは社会福祉士、介護福祉士の資格をもつ介護のプロ。複数の企業と顧問契約を結び、従業員に対して介護セミナーを実施したり介護離職を防ぐための相談に乗ったりしています。
川内さんは「コロナ禍で、家族の介護についての相談が増えている。テレワークが逆に仕事と介護の両立を難しくしている」といいます。テレワークの普及は子育てや介護と仕事の両立にとって追い風と考えていた私は正直驚きました。ところがテレワークで在宅時間が長くなり、親の介護に直接かかわる時間が増えその結果、介護うつに陥ったり、最悪の場合、介護離職を余儀なくされたりするケースが出ているというのです。
「在宅勤務中に親が困っている姿を見ると、つい手を貸してあげたくなる。これが『やりすぎ介護』となり、結果として要介護者の家族への依存度を高めている」と川内さんは指摘します。中には「自分が家にいるから」と訪問介護を断ったり、それまで通っていたデイサービスに行かなくなったりするケースもあるとか。イライラしてつい親を怒鳴ってしまった、在宅介護に疲れてしまったと、ストレスを打ち明ける人が少ないないそうです。
厚生労働省の雇用動向調査によると、2021年上半期の離職者のうち「介護・看護」を理由とした人の数は約5万3000人でした。このペースでいけば2021年通年の介護離職者の数は過去最高になるかもしれません。介護離職者の年齢層は家計の主な担い手である40代後半から50代に集中しています。多くの場合、再び職に就いたとしても、収入は離職前の職場に比べて大幅に下がるのが現実です。
介護保険制度はこれまで家庭に内在していた介護を有料サービスにし、公的保険で支えるという趣旨で2000年にスタートしました。ところが、コロナ禍でいつの間にか時代に逆行するような事態が進行していることにかなり危機感を覚えました。
仕事と介護の両立を支援する法律に「育児・介護休業法」があります。家族が要介護状態になった場合に対象家族1人につき通算93日まで、3回まで分割して介護休業を取得できます。休業中は原則として無給ですが、一定の条件を満たせば雇用保険から介護休業給付を受けることができます(休業前の賃金月額の原則67%)。
働きながら家族の介護を担うシニア世代に是非、知っておいていただきたい法律ですが、注意点があります。取得した休業はあくまで「介護の長期的な方針を決めるため」に使い、この休業を使って自ら直接介護をすることは避けるべきだというということです。厚労省も「介護保険サービスを利用し、自分で『介護をしすぎない』ように」と呼びかけています。介護保険を申請したりケアマネージャーと介護方針を十分に話し合ったりするために休業期間を活用するという考え方です。
介護休業については大企業などを中心に独自に休業期間を上乗せしている場合もあります。しかし川内さんは「長い介護休暇を社員に与えることが、仕事と介護の両立を支援することにはつながらない可能性がある」と訴えます。
親を直接介護することが必ずしも親孝行だとは限りません。自分自身の仕事や生活、健康を大切にしながら、親の介護はプロのサービスを利用するという選択肢を常に最優先に考えるべきなのではないでしょうか。
日本財団が提唱する、遺贈という名の選択
親の老後を思うとき、介護の負担も避けては通れません。
上手に利用できるサービスを利用しながら、自身の生活と両立できる介護をしたいものです。
また介護を通してお世話になった方へ、また未来を担う世代に遺したいと思われている方がいましたら、「遺贈」という選択肢を検討してみてはいかがでしょうか。
遺贈は、遺言書で社会貢献活動を行う個人や団体などに自分の財産を遺すことです。そこで育まれる寄付文化は、「みんながみんなを支える社会」につながることと思います。世代間での支え合いに通じるものとなるでしょう。